くじ引き人生 第5話:さやかのくじと秘密の影

第5話:さやかのくじと秘密の影

朝。
いつものように、九条陽介はルールブックを開いた。
今日のくじには、こう書かれていた。

「誰かの痛みが、形を変えて近づいてくる」

読み解きにくい言葉だった。
だが心のどこかで、これは「誰かのくじ」を見ることになる日だと、直感していた。

オフィスに着くと、プロジェクトリーダーの小林さやかが珍しく遅れて出勤してきた。
整えられた表情の裏に、何かを押し殺すような影が見えた。

「すみません、少し寝不足で……」と笑う彼女の声は、かすかに震えていた。

その瞬間、陽介の目には彼女の背後にふわりと浮かぶ“くじ”が見えた。
光ではなく、まるで黒墨で書かれたような重い一文だった。

「選ばなかった道に、罪悪感が忍び寄る」

——それは、彼女の内面に秘められた“過去”に関する何かを意味していた。

午後。さやかは会議の途中で突然席を外し、しばらく戻ってこなかった。
心配になった陽介は、社内の休憩スペースでひとり項垂れている彼女を見つける。

「……何かあったんですか?」

その問いに、一瞬だけさやかの目が揺れた。
だが、彼女は首を横に振り、微笑む。

「大丈夫です。ちょっと家族のことで」

その言葉の“家族”という部分に、陽介の感覚が鋭く反応する。
そして、また別の“くじ”が見えた。

「妹に背を向けたこと、まだ赦せていない」

言葉にはしなくても、彼女の心には確かな痛みがあった。

帰宅後、陽介はルールブックを開き、今日の出来事を記録する。
ページの隅には、こう書き添えた。

「人の笑顔の裏には、語られない選択と後悔がある。
力を持った今こそ、“見えてしまう重さ”とどう向き合うかが問われている。」

翌日。
さやかは業務の合間に、ふと陽介に声をかけてきた。

「……昨日はありがとう。なんでかわからないけど、あなたと話すと少しだけ楽になるの。昔のこと、ずっと言えなかったから……」

それは、決して多くを語るわけではない。
だが、少しずつ、彼女の中の“痛み”がほどけていくような予感がした。

陽介は決めた。
見えたものを押しつけたり、暴いたりするのではない。
ただ、そばにいる。寄り添う。
それが運命の糸に触れる者としての、新たな“責任”なのだ。

夜、窓の外を眺めながら陽介は思った。

「くじが教えてくれるのは、未来だけじゃない。
誰かの“過去”と“心”にも、優しく触れるヒントなんだ。」

この日、陽介の力は“可能性”から“共感”へと、静かに進化を始めた。

つづく