くじ引き人生 - 第02話
選べる運命、選べない未来
退院の日。
陽介は病院の玄関を出て、朝の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
「生きてる……本当に、まだ生きてるんだな」
10日前の夜、BAD 100のくじを引いた僕は、自動車にはねられて頭を強く打ち、意識不明の重体となった。
選択できない間も、くじは1日1枚のルールに従い、自動で消費されていた。
10枚のBADくじ。そして、今日のLUCK 100。
「奇跡的な回復」という説明不能な現象で、僕は生還した。
スマホのアプリには、はっきりとこう表示されていた。
残りくじ枚数:355
本日のくじ:LUCK 100(自動適用)
次回選択可能時間:本日18:00〜23:59
アプリの通知は、まるでゲームのように淡々としていた。
でも、それが人生そのものだと理解した今、無視する気にはなれなかった。
アパートに帰ると、部屋の中は病院に運ばれた日から何も変わっていなかった。
缶コーヒーの空き缶。投げ出されたスーツ。ホコリっぽい床。
「終わってたな、俺の人生」
過去の自分を思い出す。
やる気のない仕事、冷めた人間関係、ギャンブル依存。
自分の意思で何かを選んだ記憶が、ほとんどなかった。
それが今、目の前に突きつけられている。
「選択」するという責任が。
午後6時。アプリに通知が届いた。
「明日のくじを選択してください」
※本日23:59:59までに決定してください
スマホを開くと、5枚のくじが表示されていた。
A:BAD 48
B:LUCK 9
C:BAD 17
D:BAD 85
E:LUCK 6
「……うわ、ひどいな、これ」
5枚中3枚がBAD。それも中〜高数値。
LUCKも低め。選ぶ価値があるか、正直疑わしい。
でも、ここで僕は初めて真剣に考えた。
LUCKを引けば、明日いいことが起きるかもしれない。
けど、その分BADが残る。
しかも、残りはあと355枚しかない。
仮にLUCKばかり引き続けたとしても、先に楽しめるだけで、帳尻は必ず合う。
最後の方で、地獄のようなBADを一気に引かされることになる。
なら、今のうちに先にBADを引いておいたほうがいいんじゃないか?
今は仕事もないし、予定もない。
だったら今こそ、人生の負債を支払うべきタイミングなんじゃないか。
「……Dか」
BAD 85。
確実にきつい1日になる。でも、死にはしない。たぶん。
「覚悟がいるな……」
スマホを握る手に、うっすらと汗がにじんでいた。
けれど、選ばなければ、自動でどれかが適用される。
それは最も愚かな選び方だ。
「……よし」
僕は、画面のDをタップした。
【明日のくじを選択しました】
D:BAD 85(内容は非公開です)
※キャンセル・変更不可
選択完了の通知が表示された瞬間、肩から力が抜けた。
運命を自分で選ぶというのは、こんなにもプレッシャーがあるものなのか。
けれど、それ以上に、確かな充実感があった。
他人任せにしてきた人生。
明日どうなるかを、初めて自分の意思で引き受けた気がした。
「明日、地獄でもいいよ。ちゃんと引いたんだから」
ベッドに入ると、不思議と眠気が早くやってきた。
翌朝。
目が覚めた瞬間、僕は息を飲んだ。
スマホの通知が1件、届いていた。
【本日のくじ:BAD 85】
内容:暴風雨/停電/重要な面談のキャンセル/大切な書類の紛失
「うわぁ、マジかよ」
でも、こういう不運なら、ギリギリ許せる。
命は取られない。怪我もしない。
それに、何より予想どおりだった。
予想が当たった。それがなんだか嬉しかった。
「悪い日だって、知ってて迎えたら、ちょっとだけマシになるんだな」
今までは、突然の不運に毎日打ちのめされていた。
でも今は、迎え撃つ準備ができる。
スマホの画面に、再び残りくじが表示されていた。
残り:354枚
1日1枚。確実に、終わりに近づいている。
でも、今日の僕には、昨日までにはなかった小さな誇りがあった。
選んだ。自分で選んだ。
それが、地獄の日だったとしても。


