【06】すべての責任は社長にある(改訂版)
誰かのせいにしていたあの頃
この言葉の本当の意味にたどり着くまでに、僕は長い時間をかけてしまいました。「絶対に“あるあるなダメ会社”にはしたくない!」そう思って、がむしゃらに走り続けてきたつもりでした。しかしあるとき、心が折れかける瞬間が突然訪れました。
「僕はこんなに人生を削って頑張っているのに、なぜ報われないのか?」
「なぜ社員は会社の方針を無視して勝手に動くのか?」
「なぜ恩を仇で返すように裏切るのか?」
こうした問いが頭の中でぐるぐると回り続け、落ち着いて座っていることすらできなくなりました。スマホを持ってうずくまるタイプではありません。イライラしたまま夜の街に車を走らせ、車内で大声を出した夜が何度もありました。「どこにこのストレスをぶつければいいのか」そんなことばかり考え、発散できる場所を常に探し回っていました。
しかし、どれだけ発散してもモヤモヤは消えず、胸の奥のざわつきはずっと残ったままでした。あの頃の「逃げ場のなさ」と「怒りの置き場所のなさ」は、今も鮮明に覚えています。
結局のところ、「すべての責任は社長にある」という言葉を知識としては理解していたものの、本当の意味では落とし込めていなかったのです。社員のせいにすることで、自分のプライドを必死に守ろうとしていただけでした。でも、そのプライドこそが、会社の成長を止めていたのです。
「裏切り」など存在しなかった
大きな失敗を経験し、信用を失ったとき、僕はようやく気づきました。「すべては自分の間違いだった」と。 会社も社員も、常に変化し成長していきます。それなのに僕は、想定外の行動や意見を「裏切り」と決めつけていました。しかし実際には、変化を受け入れられず、成長を止めていたのは自分自身だったのです。
僕は「育てるとは管理すること」だと勘違いしていました。自分の型にはめて、同じように動かそうとしていたのです。けれど本当の「育てる」とは、自分も一緒に育ち続けることです。
社員を変えようとする前に、自分が変わらなければならなかった。それなのに僕は「もう成熟した」と思い込み、偉そうに教育者ぶっていたのです。だから、裏切りなど最初から存在しませんでした。あったのはただ一つ、僕自身が変化を恐れていただけという事実でした。
このことに気づいた瞬間、胸の中で何かが崩れ落ちたような衝撃がありました。同時に、静かに芽生えるものもありました。「責める」から「受け入れる」へ。社長としての成長は、ここから始まったのだと思います。
カタチだけの社長と、本物の社長の違い
僕はある時期まで、肩書きさえあれば立派な社長だと思い込んでいました。会社は1円で作れます。名刺に「代表取締役」と書けば、それらしく見えます。でも、それはカタチだけの社長でした。本物の社長とは、そんな表面的なものではありません。
本物の社長に求められるのは、スキルでも、営業力でも、人脈でもありません。社員が起こしたすべての出来事を、
自分の責任として引き受けられるかどうか。ただ、それだけだったのです。
「言ったよな?」
「なんでわからないんだよ!」
「何度言えばわかるんだよ!」
「ここに書いてあるだろ!」
「なんだその態度は!」
こうした言葉を僕は何度も社員に投げつけていました。しかし、ふと気づいたのです。これらの言葉はすべて、自分の弱さを社員にぶつけていただけだということに。
伝わらないのは、自分の伝え方が悪いからです。
社員が動けないのは、環境づくりが甘かった自分の責任です。
会社が揺れるのは、社長としての覚悟が足りなかったからです。
そう理解したとき、顔から火が出るほど恥ずかしくなりました。社長として偉そうに構えていたつもりでしたが、
実際には、ただのガキと変わりませんでした。社員に求めていた成長を、一番できていなかったのは自分だったのです。
そして腹に落ちました。社員がミスしたら、自分の責任です。会社が揺れたら、自分の覚悟が足りなかったのです。人が辞めたら、自分に問題があったのです。この視点を受け入れた瞬間、会社の空気が変わりました。社員の行動も、会社の勢いも、驚くほど変わっていきました。
結局、会社は社長の器以上には成長しません。そしてその器は肩書きではなく、どれだけ責任を引き受けられるかで決まります。ようやく、僕はその事実から逃げずに向き合えるようになりました。


