「イエス」と言ってくれる人が「味方」とは限らない

「うん、いいよ」「あなたの言う通りだと思う」
こうしたイエスばかりをくれる人が、果たして本当に「自分の味方」だろうか?

僕はそうは思わない。

むしろ、何を言っても反論せず、いつも黙ってうなずいている人こそ、本音を押し殺し、怒りや不満を飲み込んでいる可能性がある。その飲み込んだ感情は、ある日突然、思わぬ形で噴き出すことがある。

そして世の中には、自分を守るために平気で話をねじ曲げ、他人を悪者に仕立て上げる「保身ヒーロー」がゴロゴロいる。彼らは「正義の味方」の顔をしながら、陰で事実を操作し、自分の立場だけを守ろうとする。そう、ニコニコ笑顔でいつも肯定してくれる、、、そんな表面的なことで人を信用してはいけない。

特に僕たちが弱っているときは要注意だ。孤独なとき、つらいとき、誰かのやさしい言葉にすがりたくなる。でも、本当に恐ろしいのは、そんなときに「都合のいい味方」のふりをして寄り添ってくる「いい人モンスター」の存在かもしれない。

本当に信頼できる人とは
・必要なときに「ノー」と言ってくれる人。
・耳の痛いことでもきちんと伝えてくれる人。
・表面だけのイエスではなく本音で向き合ってくれる人。

僕たちは、人の言葉の裏にある動機や意図を見抜く目を養っていかなければならない。
そして自分自身も「保身ヒーロー」になっていないか常に内省し続ける必要がある。

優しさの仮面をかぶった嘘に振り回されないように。
そして、自分の心をしっかりと守る力を持てるように。

それが
この時代を生きる僕たちに求められている「人間力」なのかもしれない。