くじ引き人生 - 第03話

運命は、割り勘ではない

「明日のくじを選んでください」
スマホの通知が鳴ったのは、いつも通り夜の6時だった。

陽介は、アプリを開く前に一度深呼吸をした。
昨日のBAD 85は、確かにキツかった。
会社に送った履歴書データが消え、面接はキャンセル。
大雨で電車が止まり、買ったばかりのPCも水没した。

でも・・・「死ななかった」

それだけで十分だ。
むしろ、大当たりのBADを先に引けたのはラッキーとも言える。
陽介はすっかり、この考え方にシフトしていた。

「不幸は貯めておいて、まとめて食らうより、今のうちにちょっとずつ消化したほうがいい」
そう自分に言い聞かせながら、今日も画面を開く。

「よし、今回もBADだな」

躊躇はなかった。
陽介は迷わず、B:BAD 52を選んだ。

LUCKを引けば、気分が晴れる。何かうまくいくかもしれない。
けれど、それは“未来に残す地雷を、ひとつ先延ばしにするだけだ。

このアプリの絶対ルール
くじの総量は変わらない。良いことを先に選べば、悪いことが後に回る。

選ばなかった運命は、消えずに蓄積される。
逃げれば逃げるほど、不運の密度は濃くなる。
いつか、その帳尻は「最後の日」に向かって襲ってくる。

「俺は、残り354枚のくじを、計画的に引く」

そう心に決めた陽介は、毎晩ひたすらBADの高数値を選び続けた。

■3日目:BAD 52 → 知人の裏切りでバイトをクビ
■4日目:BAD 43 → 財布を盗まれた
■5日目:BAD 61 → 隣人トラブルで夜通し眠れず
■6日目:BAD 87 → データ破損+骨折

それでも、彼の顔にはどこか吹っ切れたような安堵があった。

「これで、未来の最悪が1枚、減ったわけだ」

彼はどこか、ゲーム感覚で自分の運命を攻略しようとしていた。

しかし、その戦略にはひとつ、大きな誤算があった。

ある日、陽介が久しぶりに中学時代の友人・カズと会った。

「お前……顔色悪すぎない?なんか呪われてるのか?」

「まあ……ちょっと特殊な運命ダイエット中ってとこかな」

「は? 何言ってんだよ。てかさ、先週さ、俺、面接すっぽかされたんだよな」

「え?」

「お前の紹介で送った会社。採用担当が急に来なくなって、面接も消滅。で、聞いたらそこのパソコン全部水没してさ、復旧不能だって」

その瞬間、陽介の背筋に冷たいものが走った。

あれは、自分のBAD 85のときだった。

さらにカズは続けた。

「それだけじゃねぇんだよ。なんか最近、変な感じなんだよな。まるで誰かの悪運を一緒に背負ってるみたいな」

陽介は、ゾッとした。

もしかして、自分が引いたBADは、完全に自分だけに起きているわけではないのか?

確かに、自分が巻き込まれたトラブルには、他人も絡んでいた。
面接担当も、コンビニのバイト仲間も、電車で出会った乗客も・・・

自分の選んだくじが、周囲の運命にも影響している?

陽介は、アプリを開いて確認する。
その時、ふと画面の右上に小さく表示されているメッセージに気づく。

「……マジかよ」

陽介は、初めて“自分だけの運命ではない”ことを突きつけられた。

夜11時55分。

その日は、こう表示されていた。

「……」

目を閉じる。

たとえBADを先に引けば、最後にLUCKが残る。
それが帳尻の原理だとしても

自分の選択が、他人にまで影響してしまうなら?

それはもう、損して得とれではなく、
誰かを不幸にしてまで自分の運命を整えるということになってしまう。

「クソ……どうすれば……」

タイムリミットが迫る。

午前0時。自動選択になる。

あと1分

あと30秒

あと10秒

陽介は、震える指で画面をタップした。

「いい日になれ」

誰のために言ったのか、わからない。
けれどその夜、陽介は久しぶりに他人の笑顔を祈っていた。