第一章:依存の時代 ― 守られる場所にとどまるか、自分で立つか【4】著者体験談 ― 依存を脱するきっかけ
【4】著者体験談 ― 依存を脱するきっかけ
学生時代から社会人へ ― 先生と会社への依存
実は僕自身、長い間「依存の時代」にとどまっていました。学生時代、進学や就職を決めるのは自分ではなく先生でした。「先生が勧めるから」「先生が言うなら間違いない」そう思い込み、自分の意思よりも先生の言葉を優先していたのです。進路を選んでも、「自分で決めた」という感覚はほとんどありませんでした。
社会人になってからも依存は続きました。「会社にいれば給料がもらえる」「上司の言うことを聞いていれば安泰」そう信じて疑いませんでした。理不尽な指示も「まぁ仕方ない」と飲み込み、成果を横取りされても「会社なんてそんなもの」と自分に言い聞かせる。内心では不満を抱えながらも、会社に守られている安心感を手放すことができなかったのです。
独立と挫折 ― 借金1000万円の現実
そんな僕が22歳のとき、勢いで小さなスキーショップを開きました。「好きなことを仕事にすれば、楽しく稼げる」と信じていたのです。確かに毎日は楽しかった。けれど経営の知識はゼロ。在庫管理も資金繰りも集客もままならず、気づけば借金は1000万円を超えていました。一瞬で人生のどん底に突き落とされたのです。
廃業後は家業の大工を手伝いながら必死に働きました。汗まみれになって体力の限界まで働いても、借金は減らない。そんな日々の中で、僕は心の中で言い訳ばかりを繰り返していました。「不景気だから仕方ない」「田舎だからチャンスがない」「周りが協力してくれなかったから失敗した」。こうして環境や他人に責任を押しつけ、自分の弱さから目をそらしていたのです。
補助輪を外す ― 甘えを超えた瞬間
30歳を迎える頃、僕はふと立ち止まりました。「このまま言い訳を続けて一生依存の中で終わるのか? それとも誰のせいにもできない世界で生きるのか?」そのとき初めて、自分が「甘え」にすがってきたことを認めました。依存を手放すのは怖いことです。でも甘えに気づいた瞬間、心の中でスイッチが入りました。大手の営業会社に飛び込み、すべてを自分の責任で背負う道を選んだのです。
結果が出なければ自分のせい。成果をつかめばその喜びも自分のもの。そこには初めて「依存を超えた世界の景色」が広がっていました。依存を超える瞬間は、自転車の補助輪を外すときに似ています。補助輪があれば転ばずに済むけれど、それは本当の意味で自転車に乗れているとは言えません。
外した瞬間、転ぶ怖さと同時に「自分で走っている」という実感が生まれる。歴史の中で織田信長もまた、守られることに甘えず、自らの決断を重ねて未来を切り開きました。
依存の壁を越えた先にこそ、本当の自由と成長があるのです。

