正しさに「愛」はあるか?(CMではありません)
昭和生まれのおじさん「吉田英樹」の心の叫びをきいてください。
道を外れたとき、ぶん殴ってくれた大人がいた。
理屈なんか通じない若造だった僕を黙って一発殴ってくれた。
もちろん今なら完全にアウト。パワハラ、暴力、即SNS炎上だ。
でも、あれはただの暴力だったのか?
僕はそうは思わない。
そこには「もう間違えるなよ」「俺みたいになるなよ」っていう、愛があった。
もちろん、暴力を肯定するつもりはない。
でも、最近の「言葉の暴力」や「正義の押しつけ」こそ、本当に危険なんじゃないか??
正義を武器に論破することが「正しい」と思っている人が、どんどん増えている。
相手を言い負かしたら勝ち。
知識でねじ伏せたら偉い。
正論を突きつけて沈黙させたら、自分が上。
そんな空気がSNSや職場
ニュースのコメント欄まで
まるで正しさバトルみたいになっている。
でもね・・・
それって、本当に「正しさ」なのか?
昭和生まれのおじさんから言わせてもらうと、
昔の大人は、もっと間違いに寛容だった気がする・・・
否定から入らず、
まずは「お前、どうしたんだ?」と聞く余裕があった。
正論より「人情」
ルールよりも「お互いさま」
理屈じゃなくて「間(ま)」と「空気」で生きていた。
今の時代、正義はすべて
AI(コンピュータ※データ)が教えてくれる。
でも「どう受け止めるか」「どう伝えるか」まではやってくれない。
それを補うのが「人間の心」なんじゃないの?
生き物が共存するには、正しさだけじゃ足りない。
人間味が必要なんだよ!!
最近は、人間味のない機械のような人が増えている。
効率的で、ロジカルで、間違いなく正しい。
でも、なんか寂しい。なんか冷たい。
僕は、昭和のパワハラオヤジで構わない。
不器用でも、まわりくどくても、伝えたい!
「正しいことより、大事なことがある」ってね!!


