なぜ給料はギリギリで決まっているのか
僕の考える真実(妄想入り気味ですのでご注意ください)
経営者を20年以上続けてきた僕だからこそ、あえて言います。
世の中の仕組みは、形を変えた「奴隷制度」のようなものが現代まで続いているのです。
給料というものは、本来「労働の正当な対価」であるべきですが、実際には違います。
年齢や家族構成、学歴などを考慮しながら
「この人なら、このくらい払っておけば文句を言わずに働くだろう」
そんなギリギリで設定されているのです。
これが現実だと、僕は確信しています。
(もう一度言います。妄想入り気味ですのでご注意ください)
奴隷制度と同じ構造
この理屈で考えれば、多くの人は「生活費を切り詰め、贅沢をしない程度の暮らし」しか保障されません。
そして、余計なことを考えさせないように仕向けられていきます。
「変化しないことが安定だ」
「チャレンジしても失敗するだけだ」
「今のままが正解なんだ」
こうした刷り込みこそが、社会を動かす人たちが労働者を確保する仕組みなのです。
これは歴史を振り返れば一目瞭然です。江戸時代の参勤交代や年貢制度。表向きには平和に見えても、その裏では農民たちは実質的に「鎖のない奴隷」として扱われていました。人を縛るのは鎖ではなく「お金」や「制度」昔も今も変わっていません。
給料の本質に気づいたとき
僕たちが毎月受け取っている給料も、結局は同じ構造の上に成り立っています。
その事実に気づいたとき、僕の中の発想は大きく逆転しました。
「もらった給料で、どうやってやりくりするか?」
これでは、社会が用意した檻の中で生きるのと同じです。
本当に大事なのは、こう問いかけることです。
「僕はいくらあれば、楽しく充実した人生を過ごせるのか?」
この視点に立った瞬間、お金に縛られるのではなく、お金を使って人生をデザインできるようになります。


